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仕事満足度80%だった大企業を辞めて、GOAL-Bで事業と組織をつくる理由

こんにちは!株式会社GOAL-B広報の岡中友美です。

今回はGOAL-BのCHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)である、ぐっさんこと山口嘉竜(やまぐちよしたつ)にインタビューしました。今でこそ熱く生きるぐっさんの”人生の転換期”からGOAL-Bで責任者やリーダーをすることの面白さについてまでインタビューしました!

気になる部分だけでも、もちろん全文でも目を通していただけると嬉しいです。

~ インタビューの概要 ~


・今までの経歴
・熱く生きられる理由
・学生時代のチームビルディング経験と原動力
・就職後の苦悩とうつ病一歩手前を乗り越えられた出会い
・関西電力での新規事業部署への抜擢のその裏側
・GOAL-Bとの出会いとコアメンバーでジョインした理由
・GOAL-Bでのキャリアと仕事
・GOAL-Bで責任者やリーダーをやることの魅力
・今後のビジョンや展望
・この記事を読んでくださった方へのメッセージ

–まず自己紹介をお願いします。

34歳でベンチャー役員兼3児のパパ「グッドサン山口」こと、ぐっさんです!
「一度きりの人生最高の人生にする」 「挑戦できるきっかけをつくる」をモットーに活動しています。よろしくお願いします!

–ありがとうございます。
簡単な経歴を教えてください。

岡山大学電気電子工学部を卒業後、関西電力株式会社に技術総合職で入社しました。念願の技術統括部署に異動しましたが、週末を楽しみに過ごす現状に絶望して試行錯誤するも前進しない日々でした。
そんな中で副業と出会い、2017年にダイエット経験を活かしたオンラインのボディーメイクサービスを開始。翌年からは”ワクワク働く”をコンセプトにした「コミュニティラポール」を共同創業しています。関西電力での新規事業部署の統括と並行して、2022年GOAL-BにCHROとして参画し、今年関西電力株式会社を卒業して今に至ります。

–ありがとうございます。
ぐっさんといえば「熱く生きている」という印象があるのですが、人生の目的のようなものがあるのでしょうか?

物心ついた5歳くらいの時から「何のために生きてるんだろう?」と考えて、親や周りの人に聞き回っていました。でも、ちゃんとした答えが見つからなくて小学校の時に「結局は人生を楽しむことが目的だな」っと感じていました。

そんな中で、僕の両親や身の回りの大人が人生の大半を占める「仕事」を楽しんでいない。「仕事って楽しくないもの。苦行の末にお給料をもらえる手段」という認識を持っていて、大人になるのがずっと嫌でした。

途中まで諦めていたのですが、社会人になって改めて仕事に向き合い、色々な苦労を乗り越えて今の僕は「心から仕事が楽しめる」状態をつくることができたので「全ての人が仕事を楽しむきっかけをつくりたい!」ということを人生の軸に行動しています。

–ありがとうございます。
5歳の頃から人生について考えていた背景があったうえで、学生になると実際に進路の選択をすることになったと思います。そこでどのような選択をしたのでしょうか?

中学生の頃は学校の先生になりたいと思っていました。元々は勉強が苦手だったのですが、苦手を克服するとともに、人に何かを教えて “「できなかった」から「できる」”のきっかけになれることが非常に嬉しくて楽しかったんです。
また、勉強だけではなくその人の人生を色々な面で輝かせることができると思い高校の途中までは学校の先生を目指しました。

ただ、高校に入ってから学校の先生の制限(収入や環境などの制約)があるとわかって、好きなことをやるためには違う仕事をしないと叶わないと思いました。そこで、父が家電メーカーに勤務していた影響もあり、ゲームや家電の開発に携わりたいと考え、高校2年の時に進路を変えました。
大学は電気・電子系の進路を選択し「自分で実力をつけて、お金も稼ぎながら仕事も楽しむんだ」という気持ちで進路を選択しました。

–ありがとうございます。
学校の先生になりたかったなんて知らなかったです!大学生活とその先の就職についての話もぜひお聞かせください。

大学受験までは全然勉強していなくて、その当時の学力で岡山大学に入りました。でも、もっと真剣に勉強しておけば良かったなって思っていたこともあり入学後かなり勉強して、成績もトップの方をずっと獲っていました。正直、大学時代は人生で一番勉強したと思います。

勉強以外の面ではサークルを2つ立ち上げて、他にも4つのサークルに入り、アルバイトも全部で7種類くらいしました。とにかく大学生活でできる経験は全力でやろうと決めて実行していました。

–ありがとうございます。
そんな大学生活で特に印象的だった出来事はありますか?

大きく2つあります。

1番思い出に残っているのが“うらじゃ” という踊りのお祭りです。 高知でいう “よさこい祭り”と似ているようなお祭りなんですが、この “うらじゃ” に熱中没頭しました。この経験が今の僕の人生のキャリアの選択の原体験になっています。“うらじゃ” では踊りの振り付け、楽曲、衣装、100人以上のメンバーを束ねて、全て自分達で一つの作品を作り上げるという、“チームで共通の目標に向かって、一丸となり、一人では成し遂げられない大きなことをやる” 。その中で僕の役割として「チームが1つにまとまる目標をつくる」「メンバーの個性を見出し適材適所の配置をする」「目標達成のためにチームを束ねる」という行動が面白くてたまらない。目標を達成した瞬間はかけがえのない幸せを感じるというか、僕にとって「これほど超楽しいことないな」というのがわかったということです。

そして2つ目は、勉強と研究をやり抜いたことです。目標であった超伝導の国際学会への登壇や、優秀賞を取るぐらい打ち込んでわかったことが「研究やモノ、データと向き合うことは楽しくない。興味がない。」それよりも研究を効果的に進めるために他研究室と交渉したり、研究室内の優秀な留学生と役割分担したりして、最高の結果を出す組織マネジメントの方が圧倒的に楽しいし得意とわかったことでした。

–ありがとうございます。
お話を聞く限りかなりハードな大学生活だったと思うのですが、その原動力はやっぱり “人生を楽しむ” ということだったのでしょうか?

“人生を楽しむ” というのももちろんですが、それだけじゃないんですよね。
大きな1つのゴールに向かって一致団結して、「1人ではできないことを成し遂げること」「そのきっかけをつくり人を巻き込み、推進すること」僕はこれがめちゃくちゃ好きです。4歳頃から遊びを企画したり、誕生日会を主催したり。人生一貫して変わっていない好きなことです。

もう1つは、その先にある “チームをまとめること” ですね。
自分が輪の中心にいながらみんなの適材適所を見つけて、一致団結したチームを作る。本当はその輪に加わりたいけど外から眺めていて一歩踏み込めない人に対して声をかけて、仲間にグッと人を巻き込んでいくんです。0から1を立ち上げ人を呼んで巻き込んで、それぞれが輝く適材適所を見出して配置していくことが好きです。

“盛り上げる”とか、“チームのベクトルを一致させる”とか、”チームの一体感をつくる” といった言葉で表現していますが、僕はここが本当に好きです。

–ありがとうございます。
大学時代にチームビルディングを経験して、その後の人生にどう影響しましたか?

大学入学時は開発系のキャリアを歩みたいと思っていましたが、在学中にチームビルディングの経験をして、就職活動の時には「ものと向き合う」よりも「人と向き合う」ような仕事がしたいと思うようになっていました。

電気系の専門知識を活かせる仕事でも、 “大きなゴールに向かってチームで取り組める仕事” という軸で就活をしました。第一志望だった関西電力株式会社に入社を決めました。
インフラという大規模な電力設備を何百人という人と共につくり上げる。それを1年目からリーダーとして束ねていく仕事がまさに自分に合ってると当時は思っていました。

一方で、入社して1ヶ月目でこの会社は違うのかも知れないと思いかなり落ち込みました。親の影響もあり“大手で働くことが幸せの近道” という大手思考で入社しましたが、規模が大きい分ピラミッド社会だったり、ルール主義な側面もあってギャップにかなり悩みました。

–就職後、早い段階で苦悩に直面したんですね。
そこからどのように行動して乗り越えたのか、ぜひお聞きしたいです。

僕は自分のポリシーとして “逃げたら負け” という考えを持っています。関西電力で技術企画という花形ポジションに行くことが夢で、そこに行くまでは辞めたら “逃げ” だと思っていたので本気でやり切りました。

かなり努力して最短でその部署に行くことができたものの、実際に行った時に「やっぱりこれちゃうなぁ」って確信した瞬間は今までの全ての頑張りが全て崩れ落ちていく感覚でした。その時、正直うつ病の一歩手前になって一回人生終わりかけました。転職しようにも関西電力でのキャリアは汎用的ではなく、技術系でニッチな経験なのでキャリアエージェントには技術系の会社しか難しいと言われました。
当時の僕は「給料も貰えて安定してるし、ギリギリの幸せはあるけど “人生最高に楽しむ” というところの最高では全然ないな」という感覚になり、お先真っ暗でした。かなり落ち込んだ時期もありましたが、1年くらい色々と行動していた中で、僕の人生が変わったきっかけはたった一人のロールモデルの人との出会いでした。

その方は元々は普通のサラリーマンでしたが、脱サラして0から好きかつ得意なことを仕事にしている方でした。はじめて「自分でもやれる気がする!」という活路を見いだして、複業をやり抜きました。具体的にはダイエット×コーチングサービスを自分でつくりました。その後、サービスをつくった経験を生かして友人たちと、コミュニティラポールというキャリア支援の会社を創業しました。その時に初めて「仕事って実はめちゃめちゃ楽しい」という気持ちになりました。

脱サラするために始めた複業でしたが、複業を通して自分自身の在り方や捉え方も変わり心の底から自信が湧いたことや、同じ大手インフラ会社で複業サラリーマンとして活動している人の存在を知ったことで、関西電力を辞めることを辞めました。

理由は、自分の「1回しかない人生だから、大きいスケールでインパクトを残せる仕事がしたい」という思いを関西電力で活かしたらより大きな規模で成果を出せるイメージを持てたからです。複業の経験を通して、本気でやったら僕でもできるという自信が湧いたことも大きかったです。ここで初めて「もう一度関西電力の仕事に向き合おう」と決断をしました。

–複業と出会って、仕事の楽しさを見つけたんですね。 もう一度向き合うことを決めて関西電力ではどのような仕事をされましたか?

当時、関西電力では新規事業の専門部署が作られていたのですが、技術系出身者には異動する権利がない前提ありました。その前提を覆したくて、複業で泥臭いことをしてきた経験を活かしてあらゆるアプローチをした結果、新規事業部署に引き抜いて頂いたんです。

その後、新規事業の統括を任せて頂くようになり「関西電力での仕事もめちゃくちゃ楽しめるな」と思ったと同時に、転職でも起業でもそのまま会社に残るにしても、自分次第で仕事は楽しめるなと思いました。
何百人のメンターやチームビルディングをした時に、やっぱり “一人一人輝く才能” っていうのが必ずあって、必ずその人が輝く天職、ポジションがあるということを確信しました。それが関西電力後半のキャリア人生です。

–ありがとうございます。
技術職は新規事業部署に入れる前提がない中で、どのように前提を覆したのでしょうか?

まずは、その新規事業部署の人にいろいろ情報収集しに行き、直接出向いてアプローチしました。

「技術系ですが、この部署に興味があります。どうしたらいけますか?」と聞くと「今すぐに何かできることはない」と断られたので、「時給0円で良いので勝手に手伝わせてください」と言って勝手に社内兼業をしました。下働きのように無理やり雑務や小さな仕事を任せてもらい、複業で培った経験を活かして人一倍成果を出せたので「おっ、こいつやるやん」と認めてもらいました。

次に、社内の新規事業提案制度に挑戦する中での評価もあり、新規事業部署に抜擢頂きました。

抜擢された後は、”自分で提案して行動して成果を出す”ということをやり続けました。人を巻き込んだり、人のいいところを見つけては「この人はこっちのポジションを任せたら絶対成果が上がります」といった話を自ら提案して結果を残す。これらを部署の垣根を越えてやりました。その成果もあって、2年目からは新規事業提案制度のを統括する立場になりました。

–ありがとうございます。
きっかけで人は変われると言いますが、ぐっさんはロールモデルのような存在に出会ったことで、うつ病の一歩の手前から一転して仕事が楽しめるようになったということがよくわかりました。
自分の会社でやりたい事業をやっていて、世の中に大きなインパクトを出すために関電でも新規事業をしている。この2つがあったにも関わらず、なぜGOAL-Bという会社に入ろうと思ったかをぜひ教えてください。

関西電力で新規事業立ち上げの支援、ラポールでキャリア支援事業の立ち上げと推進、起業支援をやりながら思ったことが”何をやるかよりも、その人が本当は何がやりたいか”が重要で”本人が本当にやりたいことや、自分の才能を理解し、自分の天職や使命が腹落ちすることの方が物事が進む”ということに気づきました。それを引き出す手段として認知科学のコーチングの存在を知りました。そこからスクールに通いコーチングにのめり込みました。

コーチングが世の中に広がれば、「人生を最高に楽しむきっかけになる。そのための仕事も楽しめる」「その仕事を楽しむための自分らしさがわかる。どこに身を置いたら輝くか?を知れば人生は変わる」
これらを多くの人が体現していけば、日本がもっと盛り上がる。まだまだポテンシャルがあると思いました。今がどんな状況でも覚悟さえあれば「誰でも、いつからでも、未来は変えられる」「誰にでも、才能があり、可能性があり、輝く場所がある」ということを人生懸けて伝えたい。
その手段として、コーチング×キャリア/コーチング×事業という軸が固まりました。その後、全ての事業の関わりにコーチングを取り入れて、延べ500人以上に実施していくうちに顕著に効果が見られました。「もっと多くの人に届たい」という思いが強くなりました。

そんな時、元々コーチングスクールの同期だったあげちゃん(当時のGOAL-Bコーチング事業部責任者:安慶名健吾)に誘われて、副業でパートナーコーチとしてGOAL-Bに参画しました。”日本中の人に届ける”と考えたら、自分の会社や関西電力でやるよりも、既にコーチング企業として認知されているGOAL-Bでやった方が圧倒的に早い。加えて、当時のGOAL-Bの顧客層やニーズを聞けば聞くほど、コーチングの品質向上や事業拡大の伸びしろしかないことが明確にわかり、僕が既に持っている知見や経験とGOAL-Bのインフルエンス力、ポテンシャル高いメンバーと共にやれば必ず成長させる確信を持ちました。
「自分の収入や利益以上に、多くの人にきっかけを届けるなら、GOAL-Bに入るべきだ」と思ったのでGOAL-Bでやっていくことを決めました。

–ありがとうございます。
GOAL-Bに参画したのち関西電力を辞めるという決断をされたかと思います。気持ちの転換や、どういう決断をしたのか教えてください。

人生って仕事だけではなく、家族がいたり、そこにはお金っていうものが絡んでいたり、人生であらゆる領域がある中で、関電を辞めるのはそれまで積み上げてきた居場所と安定を手放す選択でもありました。

一度きりの人生の中で本当に心からワクワク働くきっかけを自分が大きく推進するには、関電のメイン事業や活動の目的が違うことなどは今の自分ではどうしても変えられなかった。体現するにはまだまだ時間がかかると悟った瞬間がありました。
そう考えたときに、もし今死んだとしてもGOAL-Bで僕の生命時間を使って、”ワクワク働く世の中にする”という僕のミッションをやり切る方が「こっちの人生でよかった」と思えるだろうなと確信しました。これに加えて、決断した理由は3つあります。

1つ目は、最高なメンバー。GOAL-Bのメンバーは本当に人間的にいいやつ、明るくて楽しくて前向きで、個性も溢れていて、人生みんな本気で生きてる。ここが一番GOAL-Bに入って分かった本質的な良さです。
2つ目は、コーチングを事業として提供していることとGOAL-Bの認知度の高さ。
3つ目は、自分が入ることで必ず事業をよりよくできるし、多くの人に届けるられると確信をもったこと。実際に自分の担いたい役割とアイデアを提案した際に即答で「めっちゃいいですね!任せます!」と口だけでなく、器が大きく、懐が大きなメンバーと組織だと心から思えたこと。

この3つがあったから決断できました。

–ありがとうございます。
どれもGOAL-Bならではの良さですね。GOAL-Bに入ってからはどのようなキャリアでしょうか?

最初はキャリアに特化したコーチングの事業を村岡、島田、仁井田と共に0から立ち上げました。幅広く多岐にわたって仕事をしていました。例えば、コーチングの型をつくり、キャリアコーチを紹介のみで20名採用し、品質担保のための育成スキームをつくり、必要な方に届けるためにセミナーを毎週開催したり、既存顧客外の認知を獲得したり様々です。もちろん、現役コーチとしてプレイヤーでもあります。その後は転職支援の事業責任者として立ち上げを行いました。

今はキャリア事業をメンバーに任せ、CHROとして事業戦略の立案と実行支援や戦略に基づく人事業務などの戦略人事を行っています。GOAL-Bの理念や思想をアップデートしながら、今期・来期の事業戦略をつくり、各事業に落とし込んで、戦略に基づく採用・配置・育成を行うことを実務と並行してやっています。振り返れば、事業と組織の成長のために必要なことを何でもやってきた1年でした。笑

–ありがとうございます。
キャリア事業の立ち上げはかなり怒涛でしたよね。今は全く業務内容が変わってきているかと思いますがCHROとして特にどのような仕事が面白いですか?

「GOAL-B全体としてどの方向に進んでいくか?」ということを役員からリーダー、そしてメンバーへ伝えて組織全員で目線合わせをし、チーム一体となって最高に士気が高い状態で前に進んでいく状態をつくることが面白いです。上だけで決めるというのはメンバーがついてこないので、チームの一体感を作るのが大好きです。リーダー、メンバーがエンゲージメント高く、パフォーマンスが最大化された状態で事業戦略との整合を図っていきます。
組織がどの方向に向かっていくか、それを踏まえてどういう事業が最適か、注力するべき事業は何か、新しく事業を立ち上げるならどんな事業がいいか、ということを事業の観点で詰めています。
そのうえで、各事業部にどんな人を採用して、どんな育成をして、どんな配置をするのが組織として最大のパフォーマンスが出るかを考えることは面白いですね。

–ありがとうございます。
実際に一緒にお仕事することが増えましたが、チームの一体感を重視していると感じています。ぐっさんが大切にしている価値観だということを改めて知りました。

メンバー全員そうですが、”絶対完璧な人なんか存在しない”という信念を持っているので、それぞれの良さで補完し合えている組織は本当の意味で強い組織だと思います。
弱さもオープンに共有できた上で、みんなそれを認め合って補完し合っているのが僕にとって一番強い組織だと思っています。僕が言う「一人で成し遂げれないことを、みんなだったら成し遂げる」そのものなので、GOAL-Bでももっと磨き続けていきたいなと。そんなことを考えて仕事をしています。

実は…僕がまだGOAL-Bに本当に入るかを少し悩んでいた時に1つ出した条件があるんです。GOAL-Bでガッツリやるなら…と考えた時に、僕の “自分らしさ” を職業に置き換えるとするなら、人を巻き込んで、より人を輝かせる最適配置をする立場として、CHROというポジションが肩書き的に合うと思っていました。
ただ、その時にCHROはすでに村岡がやっていたんです。その中で僕が彼の適正も踏まえて「僕がCHROに入り、大ちゃん(村岡)はCFOの方が良いのでは?」という提案をしたんです。そうしたら「全然いいですよ。僕もその方が向いてると思う」って素直に言ってくれました。

僕が見てきた組織は、「自分のポジションを守りたい」とか、「いきなり入ってきたのに生意気だ」と判断する組織が多かったので「GOAL-Bって、ほんまに器が広い会社やな」と感じたのが僕がここで時間を捧げたいなと思った大きな出来事の1つです。それぐらい皆の意見をまずは聞く。根底には自分に自信があったり、GOALに対して意識を持っているから。それが口だけではなく体現している会社なんです。
このメンバーと働きたい。僕もありのままでいれると思いました。これがGOAL-Bの良さで、僕の入社の決め手でもありました。

–ありがとうございます。
組織成長のためならポジションを守るという考えは不要というスタンスでやっていますもんね。これは大企業で事業をつくっていたぐっさんの視点でぜひお答えいただきたいのですが、GOAL-Bで事業責任者やリーダーをやることは他社とどう違うのか?また、GOAL-Bでやった方がいい理由はありますか?

そうですね、ここでやった方がいい理由を2つの軸で話します。1つが事業の観点で、もう1つが組織の観点です。

まず事業の観点では、GOAL-Bの強みとして、認知されている会社であること。総フォロワー数が約60万人いる、”知られている” ということが本当に強い。自分たちで何かをやりたいと思った時に、まず見てもらえるというのは強いです。
加えてマーケティングも強い。認知があって、マーケティングも優秀なメンバーが揃っているので、そのまま僕らが届けたいものを届けることができます。
加えて、創業時からのメイン事業であるコーチングのベースがあるので、「人の可能性を引き出す」「全ての人に可能性がある」という事業に興味がある人にはたまらない仕事ができると思います。

2つ目の組織の観点では、「自分がこれをやっていきます」という宣言に対してみんなが肯定してくれます。「まずやってみよう」「高いゴールを置いてまずチャレンジしてみよう」という意識を全メンバー、役員、パートナーまで含めてみんなが持っています。それを人生で体現してる人が、さらに大きなものにチャレンジできるっていう面白さ。それを前向きに捉えるメンバーしかいないっていう面白さがあります。

あとはメンバーの人間性です。とにかくいい人しかいない。明るく、前向きで、人生を本気で生きている。成長意欲があって、人生をより良くしたいという気概を持っている人が多いです。話しているだけで気持ちがいい人ばかり。このメンバーで一緒に進めば「やれないことはない」と思える組織の魅力がります。かなり多くの会社を見てきましたし、組織を支援してきましたが、今まで見てきた会社の中で最も前向きに前進する力がある組織です。ここはほんまに負けない魅力だと思います。

–ありがとうございます。メンバーのタレント性が秀でていることに加えて、それをより引き立たせられるような環境があるなと私も思っていて。出る杭が打たれる感じではなく、出る分だけ最高じゃん!と、どんどん伸ばしていこうと無意識でできる環境だと今のお話を聞いて改めて感じました。

確かにみんな出る杭を伸ばすスタンスがあるっていうのが一番。個性がより開花していくっていうイメージですね!

–ぐっさんの今後のビジョンや展望とGOAL-Bの今後の展望についても教えてください。

「全ての人に可能性がある」っていうのを、ほんまに日本中に展開したいと思っています。

今期は売上高10億円をGOALにしていますが、目的は日本中に「自分にも可能性があるんだ!」ということを一人一人が信じられている状態を作ること。日本がかつてのバブル期ぐらいな感じで、士気高く前向きで、仕事を最高に楽しんでいる状態にしたい。結果「人生がめちゃくちゃ楽しい」って、人生を変えたいと思った人全員が言えるような状態にする。というのがビジョンです。

そのために今、実際に体現できる手段としてキャリアコーチング、キャリア支援に一番力を入れているので、まずはここで「全ての人に可能性がある」「誰にでも才能と天職がある」ということを体現するというのが目先の話になります。

–ありがとうございます。
最後にこの記事を読んでくださっている方に向けてお伝えしたいメッセージはありますか?

「それなりの人生で終わりそう。本当にこのままでいいんかな。」とか「今の人生でも十分満足してるけれど、やりきってるかと言われたら足りないかも。」と思ってる人がいたら、ぜひGOAL-Bの門を叩いてほしいです。

一生に一度きりの人生。おもろい人とおもろいことを全力で。一緒にやりましょう!

GOAL-Bに少しでもいいなと思ってくれる人がいたら、ぜひ説明会や面談など熱烈お待ちしてます!

–本日はありがとうございました!

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