【山宮健太朗】本気で「死のう」と思った僕の生き様

こんにちは。山宮健太朗です。

2020年3月から株式会社GOAL-Bにプロコーチとしてジョインします。
今回は山宮健太朗という人間を、自分自身の時系列に沿って【出来事】の【学び、気付き】を全力で書いていきます。
僕の事を知っている人の多くは、僕にこんなイメージを持っているのかもしれません。
熱い|ポジティブ|情熱|行動力|向上心確かに【今の僕】を形成している要素の多くはこれで成り立つかもしれない。しかし、僕自身、【過去の僕】を振り返った時に
自分が嫌い|人の目が怖い|光を浴びたくない|死んでしまいたいこんな言葉も浮かんでくる。
【人は変われない】という人がいますが、僕は必ず【人は変われる】と信じている。そして、僕を含め多くの人が自分自身の事を知らない。まだ見た事も、気づく事もできていない沢山の自分を秘めている。
つまり、【全ての人に可能性はある】と信じている。
このnoteを読んでいる方々が、少しでも自分自身のリソースを愛しセルフリーダーシップを発揮し行動変容を起こすキッカケになってくれたらこの上ない幸せです。

小学生

❶プロサッカー選手を目指す(キャプテン|県選抜|市のトレセン1位)

友達がサッカー部に入ると言い出し自分の意思もなくサッカーをやり始めたのを覚えている。身長もあり周りに比べて身体能力もある方ではあったのですぐに背番号10番をつけキャプテンに任命された。小学校4年に進級すると2学年上の試合にも出るようになり、市のトレセンにも選抜された。スキルテストでは約100人中、1位をとり山梨県の県選抜にも選ばれた。監督からの評価も得て試合中の監督からの指示は「健太朗、なんとかしろー!」だった。返答は「うるせーな」だった。

ポテンシャルや才能は突出している訳ではなかったが誰よりも【負けず嫌い】だった。練習をしている量が負ける事は許せなかった。誰よりも、とにかくやりまくれば勝てる事を知った。【負けず嫌い】は努力量の源だった。この考えは自分自身を成長させる上で絶対的なリソースだと知った。

中学生

❷合唱コンクールの指揮者になる

僕は究極の音痴だった。音程というものがわからなかった(今は多少分かる)。歌うのが苦手という理由でノリで指揮者をやってみた。なんとなくやれた。やればできる事を知った。この時、挑戦ではなく物事に突っ込んでいった気がした。これを後に【突っ込み力】と定義する。【突っ込み力】は大切だと知った。全く準備無しに物事に突っ込んで行く事は人を成長させる。
挑戦力・・・一寸先は暗闇の洞窟の中に、準備(懐中電灯、防具、食料など)して飛び込める力。
突っ込み力・・・一寸先は暗闇の洞窟の中に、裸で飛び込める力。

❸Jリーグの下部組織に入団する(キャプテン|県の優秀選手賞受賞)

Jリーグの下部組織に入団した。対戦相手の質が変わった。今までの人生にない敗北感を味わう。小学生時には気づけなかった自分の小ささに気づく。技術も無い、ポテンシャルも無い、才能もない事を痛感した。僕は、とにかく【やりまくる事】しかできなかった。やりまくる事で精神的にも安定した。

高校生

❹3年間全てのコミュニティの中で先頭に立つ(キャプテン|学級委員長)所属クラブでも学校内でも常に先頭に立ってきた。

先頭に立つ事で責任の輪が広がり、【責任感】が異常に身ついた3年間だった。また人の【期待に応えたい欲】が物凄く出てきた。期待してくれている人の期待に「絶対に何が何でも応えてやる」という欲望が止まらなかった。

この時の僕の原動力は【責任を持つ事】【期待に応える事】の2つだった。この2つが原動力になり、他の人には絶対に負けないぐらいの行動力を発揮した。優先順位は【自分の為に】が1番だったが、自分1人の為に頑張り続ける事は出来なかった。【自分の為に】の先に【誰かの為に】が絶対にあった

❺J1クラブに2ヶ月間のトライアル(新聞に載る)

Jリーグの下部組織に所属していた為、トップチームとの距離感は近かった。高校3年時、当時J1リーグで奮闘していたトップチームから2ヶ月間のトライアルをオファーされた。

僕が右側の写真で、この隣に載っているフェンウェルメスケルケン際選手は、現在オランダ一部リーグのプロとして活躍している。悔しい。笑
学校にも許可をもらい1日のスケジュールがこんな感じになった。

9:00~13:00:トップチームの練習参加 ⇨
14:00~17:00:5限6限受講 ⇨
18:00~21:00:ユースの練習参加

ユースの練習は休んでいいとの許可をもらっていたが、この時【責任感】【期待】を自分の中でMAXに背負いこんでいたので行動欲が止まらなかった。また行動欲がさらに掻き立てられる理由があった。それは、トップチームの選手と練習を共にし、自分自身の小ささを痛感しまくっていた。小さい頃から見てきた選手が目の前で一緒にサッカーをしている事にビビっていた。

自然と足が震えて、下痢が止まらず体調も壊し続けた。正直精神的にも体力的にもボロボロだったと思う。それでも行動欲が止まらず、やりまくる事で精神を安定させていた。試合の前日でも練習が終わり次第、夜の21時から雨が降っている中、10キロ走りに行った時もあった。流石に母が心配し車で連れ帰されたのを今でも覚えている。
とにかくやりまくる事で僕は精神的に安定する人格になっていった。何もしていないと精神的に不安定になった。

❻人生最初の嬉し涙を流す(県リーグ22戦21勝1敗|県の最優秀選手賞受賞)

高校3年時、県リーグがスタートした。キャプテンを務め、プロの練習にも参加していた僕は、責任感を物凄く感じていた。またチームもJリーグの下部組織という事もあり勝って当たり前だった。結果22戦21勝1敗で優勝した。

人生で初めて嬉し涙を流した。1人だけ嗚咽しまくっていた。頑張り続ければ必ず報われる事を知った。自分の努力できる幅が格段に広がった。努力の基準が圧倒的に向上した。
小学校から高校までの学生生活は順風満帆だった!
しかし大学時代で自分自身の人生を本気で捨てたくなる。「死んでしまいたい」と本気で思う事になる。

大学生

❼関東1部リーグの東洋大学に進学

当時関東1部リーグだった東洋大学にサッカー推薦で進学した。少数精鋭の部活で1学年に約15人ぐらいしかいなかった。僕の代では15人中僕を含めた8人が高校時にキャプテンをしていた実績があった。普段の練習相手の質が一気に上がった。しかし僕は高校時でトップチームとの練習を経験していた事もあり自信満々で入学した。大学1年からゴリゴリに試合に出まくっている事しか想像できなかった。

❽本気で死にたくなる入学し練習に参加するとレベルの高さに圧倒された。

今までの自分が井の中の蛙だった。結果からいうと大学4年間で試合に出るどころか、Aチームに上がる事は1回もなかった。この時の僕はほぼ鬱状態に近かったと思う。週に一回の休みも1人で自主練に励み、帰ったら真っ暗な部屋で光を浴びず布団にこもりサッカーの事だけを考えた。人に会いたくなかった為ピザの配達を注文し食生活を送っていた事もある。

人の目が異常に気になった。外に出る事すらも恥ずかしくなった。地元山梨に帰るのが恐怖だった。何よりも親と会うのが怖かった。心の中で思っている事は、絶対に周りには知られたくなかった。振る舞いはめちゃくちゃ強がっていたが、1人になると【責任】【期待】の自分勝手な圧に押し殺されそうになった。

嘔吐が止まらなかった。人生で初めて【死んでしまいたい】と思っていた。
この時の僕もとにかくやりまくる事で精神を安定させようとしていたんだと思う。

週に1回の休みも自主練習をする⇨「俺は人よりもやっているから大丈夫」と言い聞かせる⇨練習は常にBチーム⇨試合に出れない⇨精神的に不安定になる⇨とにかくやって精神的に安定するをエンドレスで行なっていた。
つまり休みが無い為、精神的にも体力的にも常に限界を迎えていた。当時そんな事にも気付いてなかった。

❾人生で2回目の嬉し涙を流す

大学4年間1回も試合に出れなかった僕は、4年間仲間の応援に回った。心から応援したことなんて1回もなかった。負けず嫌い、プライド、嫉妬、など色々な感情が入り混じっていた。むしろ自分の為よりも、誰かの為になんか絶対に頑張らなかった。
大学4年時の最終戦。当時関東2部リーグで3位に順位をとっていた僕達は、2位の神奈川大学との直接対決を迎えていた。

この試合に勝てば来期関東1部リーグに昇格し後輩達に最高のプレゼントを渡して卒団できる。0-0のまま試合は続いたものの、ラストワンプレーの90分+3分でコーナーキックから劇的な勝ち越しゴールを果たした。この時、東洋大学に関わる人全員がピッチに走り込み歓喜を共にした。

僕はこの時、自分自身に1番ビックリしていた。
【仲間の為に誰よりも嬉し涙を流し、号泣していた】
これを書きながら、また涙が溢れてくる、、、笑

今まで【自分の為】にを第一優先で考え行動しまくってきた僕が、この90分間は仲間の為に本気で応援した。声が枯れるぐらいまで応援した。不思議と人生で初めて流した嬉し涙の時よりも、仲間の為に嬉し涙を流しているこの瞬間の方が究極な嬉しさを感じていた。チームの仲間とこれでもかってぐらい抱きしめ合った。涙が本当に止まらなかった。

仲間の為に嬉し涙を流している自分も好きになった。
大学の卒業と共にサッカーをやめる決断をした。結局プロサッカー選手としては生きていけなかった。ただ、プロサッカー選手になれなかったからと言って、この15年間は失敗では全くない。むしろ大成功だったと心の底から言える。
それはなぜか。

15年間のサッカー人生から、僕はこれからの人生を生きていく上でとても大事な宝物をプレゼントされていた。
サッカーを頑張り続けたプロセスの中で【誰よりも努力できる事】【人には負けない行動力を手に入れた事】【責任と期待に応える貪欲さ】【本気で死のうとした経験】【とにかくやりまくれる信念】そして最後には【仲間の為に嬉し涙を流せる優しさ】を手に入れた事に気づけたからだ。

サッカーで生きていく事は出来なかったけど、サッカーで得たもので生きていける。
ここには書ききれないぐらいに15年間のサッカー生活からは、山宮健太朗という人間には欠かせない沢山のリソースをプレゼントされてきた。

人が本気で何かを行う時必ず何かしらの目的がある。その目的を果たせなかった時、多くの人は失敗に感じてしまう。頑張ってきた事や努力してきた時間に悲しさを感じてしまう。ただ僕は15年間のサッカー生活を経て
【失敗はこの世に存在しない】という解釈に変わった。
全ての挑戦や行動は必ず何かしらのリターンがある。僕は1つの行動に対しての視野が広くなった。感性が広がり感じ取れる事が多くなった。僕は、全ての行動に恐れを感じなくなった。
失敗を恐れず、何事にも挑戦し突っ込んでいける思考や人格を作り出す事に大成功したのだ。

社会人1年目

❿街づくり企業のベンチャーに入社

僕はサッカーで得てきたものには自信があったが、サッカー以外の事で得てきたものはほぼなかった。ここまでの人生はサッカーだけが自分の全てだった。

これからの社会人生活、特にやりたい仕事など何もなかった。ただ【良い人と良い仕事をしたい】【人として大きく成長していきたい】という思いが強かった。15年間のサッカー生活から【どこまでいっても人に尽きる】と感じていた。
この価値観、考え方がジャストでハマった会社が一社あった。説明会も面接もそこの会社以外受けていない。

サッカーで培ったマインドのまま入社した。1つの道で15年間あれだけ頑張ったのにプロになれなかった。また1から積み上げていかなければならないと思うと、いてもたってもいられなくなった。
上司に宣言した「これから2ヶ月間一回も休まず出勤します」

つまり休みの日も自ら出勤し勤怠を打たずに働いた。上司には勿論止められたが、僕は働いている感覚はなく自主練習をしに行ってる感覚だった。逆に休みの日に休んでいる同期の神経が考えられないとまで思っていた。(今は更生した)
僕は、とにかくやりまくった。会社内でもやばい奴がいると噂はたった。僕が知らない上司にも2ヶ月間連続出勤の話をされた。
1年後社内では最速で6階級の昇格を果たしルーキーオブザイヤーも受賞した!社長にもLINEで絶賛されたのを覚えている。色んな人が褒めてくれた。

大学4年間ずっと暗闇の生活を送っていた自分にとって評価してくれる周りの方々への感謝の気持ちが溢れた。サッカーで得てきた自分のスタンスやマインドが活かされまくっていた。

⓫仕事をする上で最も大切にしている価値観との出会い

1年目に僕が心から尊敬する順治さんという上司に出会った。

順治さんは、常に優しさで包まれていた。順治さんは人から何を言われても常に相手に対してのリスペクトが滲み出ていた。僕に無いものを順治さんは沢山持っている上司だった。
ただ、順治さんが一回だけ僕を怒った事がある。

それは、順治さんが僕に頼んだ仕事を、僕が他の子に仕事を任せた時だ。順治さんは僕に対してこう言った。
「健太朗。頼まれ事は試され事だぞ。常にお前は試されてるぞ。お前に仕事を頼みたいって思ってくれた人の期待を絶対に裏切るな」
僕は、心に響きまくった。今思うと僕の仕事に対してのスタンスがバチっと決まった瞬間だったと思う。順治さんと出会って人として大きく成長できた気がする。そして仕事をする時は常に頭の中で、順治さんが僕の為に勇気と覚悟を持って怒ってくれた言葉が響きまくっている。
僕に仕事を頼みたいって思ってくれた人の期待は絶対に裏切らない。死んでも裏切らない。

社会人2年目

⓬挑戦を遥かに超えた突っ込み力の進化

街づくり企業ではあったが飲食店をかなり先行して街づくりを行なっていた。この年、会社内で新たな取り組みが開始された。それは【店舗VISIONプレゼン大会】だ。約30店舗あるお店の店長がお店のVISIONを発表し自店舗のワクワクしたVISIONを示し発表する。洋食、和食、居酒屋業態に分かれ各業態の1位を決め、最後は3名の直接対決になる。
僕は店長ではなかったがこの大会にエントリーした。
PowerPointもまともに触った事もなかったが突っ込んでいった。ここでも死ぬほどやって準備した。PowerPoint1枚に2〜3時間はかけた。
大会当日、洋食業態で1位を受賞し、全体で2位を受賞した。

やる前は、本当に一寸先は暗闇の洞窟だった。全く準備も無い中で裸一貫で突っ込んでいった。突っ込んでいったからこそ見えた景色が沢山あった。暗闇の洞窟の中で踠き続ければ必ず何かしらの景色に出会える事を知った。周りの景色は勿論の事、やった事で進化した新しい自分にも出会える事を1番知れた!結果が出ていなくても、この洞窟の中の景色を知れた事が財産になっていたと思う。
挑戦を遥かに超えた突っ込み力に磨きがかかった。

⓭BPS(Business Person 育成 School)への参加

突っ込み力に磨きがかかっていた僕はどんどん突っ込んでいった。追い込む事で成長できる喜びを感じていた。この時BPSという店長以上クラスのキャリアを持つ人のマネージャー育成とレベルアップを目的とした少数組織で活動していく特設スクールの応募があった。
僕は全くキャリアが足りてなく応募条件に達していなかったが応募した。結果採用された。勢いで押し切った。

このBPSでの体験と学びにより自分の人生を深く考える事となった。特に学んで印象に残った【2点】を以下に述べていく。この学びが今後の人生の考え方を大きく変える。

⑴人生100年時代の到来によるLIFE  SHIFT
健康、栄養、医療、教育など他分野における状況の改善があり、日本だけではなく世界的に長寿化が進んでいる。生まれている子供の寿命は100歳を超えると言われている。
教育→仕事→引退の【3ステージなLIFE STYLE】から
【新しいLIFE STYLE】を世界に提示していける立場にあるのが
日本だという事を知った。


長寿化に伴い、老後の生活資金をどうするかというお金の問題が重要視されている。所得から蓄えに回す割合を増やすか、働く年数を増やすしかない。それかどちらもやることになる。人生の途中で新しい選択肢に投資し選択肢を増やす事で、3ステージの人生ではなく【マルチステージの人生】になっていく。マルチステージで必要とされるのは、新しい選択肢に投資し自分自身の【多種多様なアイデンティティを築く事】【生涯変身していく事】である。

つまり今ある【教育→仕事→引退】という人生のロールモデルを固定概念として置くのではなく【新しい人生の設計】をしていかなければならないと僕は感じた。
普通に考えて人生100年時代だとしたら働く期間は20歳〜80歳。人生の中で働く時間が圧倒的に多い。だとしたらこの働く期間を豊かに過ごす事ができたら人生の幸福度に直結し、豊かに生きる事ができる。
人生100年時代の到来によるLIFE  SHIFTは、僕にとって大きな学びとなった。

⑵豊かさの変遷
1950年代から人の豊かさが大きく変容してきている。1950年代日本人は【食の豊かさ】をもの凄く感じていた。お腹いっぱいに食を食べる事で幸せを感じ、豊かさを感じていた。また1960年代には【物の豊かさ】に突入する。『三種の神器』などの商品が爆発的なヒットをおこし、人々は物を手にする事で幸せを感じ、豊かさを感じていた。

しかし、今の時代、iPhone10からiPhone11に変わった所でその瞬間に嬉しさを感じる事はあるが、物を手にする事が当たり前になってきている。だとしたら今の時代の豊かさとはなんなのか?
それは【心の豊かさ】である事を学んだ。
心が満たされているか、いないのかは今を生きる人にとってはとても重要である事を知った。人間関係、仕事、プライベート、遊びなどあらゆる所で自分が自分らしく生きる事こそが幸せであり、豊かさを感じるのだと実感した。

⓮退職を決意

以上2点の学びから
【人生のロールモデルの変容】【多種多様なアイデンティティを形成していく事】【会社に囚われない自分が自分らしく生きる事】
という価値観や考え方が強くなっていった。社内では勢いがある方だったので期待をされていたのを感じていた。しかし、
周りにどう思われようが、僕は僕にプレゼントされた、この一回しかない人生を本気で生きていきたいと強く思った
そう思った瞬間、PowerPointに【山宮健太朗とは】【仕事をしていく上で大切にしたい事】【これからの人生設計】を本気で作った。何十時間も考えて落とし込んだ。自分自身を探求しまくった。

社長や幹部役員、直近の上司にアポイントを取りまくり、退職を告げると同時にPowerPointを開き、自分の人生のプレゼンを本気で始めたこんな退職の仕方をする人は他にあまりいないと思う。1日の中で社長、専務、事業部長の3名に立て続けにプレゼンした日もあった。メンタルがめちゃくちゃ鍛えられたのと同時に、自分の人生のアウトプットをしまくっていた為、更に自分自身の人生の軸が明確に確立していった。
2019年3月に退職をした。人生を前進させた。

⓯マルチステージな人生で大切にしていきたい軸

僕は、退職の経緯の中で約5ヶ月間、山宮健太朗という人に対して、山宮健太朗の価値観に対して、山宮健太朗の人生の目的に対して自問自答を繰り返した。自分自身の事について24時間毎日考え続けた。そして出た1つの答えがあった。それは
【どこまでいっても人に尽きる】という事。
僕は、このプレゼントさせた命をどう使っていきたいかと言うと、自分の存在(言葉、行動、在り方)がある事によって関わる全ての人に良い影響を与えたいと本気で思った。

そんなの無理だという人がいる。無理じゃない。必ずできる。
人は10人いたら10通りの色がある。僕が赤という色を発色すればこの色を好んで寄ってきてくれる人もいる。しかし、
「お前は赤だけど、俺は青だから」と全く違った色や考え方を持つ人もいる。当たり前の事だ。しかしその人にとって僕は、有害であるかというとそうではないと考える。
なぜなら嫌いを知って、自分の好きを知る事ができるからだ。


僕が赤を発色させればさせるほど全く違った色や考えを持つ人は、その人自身の色や考え方を更に探求しだす。
「いや、これはこうでしょ!」「それは違うでしょ」「あいつ変な事やってるな」「あんな人にはなりたくない」
この言葉がでると言う事は、その人が自分自身の色や個性を深めるキッカケを作った事に直結すると僕は解釈している。
話は戻すが、僕は自分という人を含め関わる人の
【進化を作る事】【可能性を導く事】【成長をお手伝いする事】が、人生をいきていく上で大切にしていきたい軸だと確信した。

⓰コーチング×筋トレ×YouTube

人の【進化を作る事】【可能性を導く事】【成長をお手伝いする事】を行なっていく上で確立していきたいと感じたアイデンティティは以下【3点】だった。決めてゴリゴリやった。
(1)コーチング
僕は、人が【進化】【可能性】【成長】を最大化させる時、まず最初に焦点を当てなければならないのは【在り方】だと思っている。僕は、サッカーから痛いほどこれを学んできた。どれだけ行動してガムシャラに練習しても人としての【在り方】がかけていると良いパフォーマンスは全く発揮できない。ここで言う【在り方】を以下に記述する。
『スタンス』『マインド』『思考』『解釈』『振る舞い』『愛』

状況に置き換えた時の分かりやすい例を出すと
◆何かの事柄(仕事、勉強、遊び何でもいい)に対して取り組む時、好きな人に告白して成功した時の在り方と、振られた時の在り方だと、事柄に対しの取り組み方は全く変わってくる。

これは分かりやすい例だが、前者はモチベーションが高くスタンスが決まっていてマインドもハッピー状態。思考も解釈の仕方も自信があってポジティブ寄り。人に対しての振る舞いもよく愛が溢れている状態になっていると思う。
この【在り方】だと全ての行動に革命が起き、結果が出やすい!
コーチングは主に人の【在り方】に焦点を当てた職業だ。コーチングはクライアントを
自立(自分1人の力で立つ) ⇨
自律(自分で自分を律する) ⇨
自導(自分で自分を導く)
自導の部分まで引き上げていく。自分の中にあるセルフリーダーシップを発揮し、自分で自分の人生を導いていけるようになる。
僕は自分自身にコーチをつけた。コーチをつけて1番驚いた事がある。それは

【自分自身の事を全く理解しきれていなかったという事】


僕はなぜ存在しているのか。僕にとっての人生の目的とは何なのか。僕が本当にしたい事は何なのか。僕の中にある沢山の新しい自分をどんどん引き出してくれた。新しい自分というよりも外圧的な影響により閉じ込めてしまっていた自分と言った方が正しいのか。
『コーチングすげ〜』と感じた。コーチングの過程の中で【在り方】がどんどん変わっていった。

更に僕もコーチングを学ぶ為にCTIジャパンというコーチングスクールに70万円をすぐにぶち込んだ。ちなみに25歳でコーチングを学んでる人はそういない。毎回のコースの中で圧倒的最年少だがコース中はガンガン手をあげて発言しまくっている。皆んなが可愛がってくれる。優しい。

コーチングを受け、コーチングを学んだ事で僕の【在り方】に革命が起きた。ここで起きた革命を以下に箇条書きで記述しておく。

・高いモチベーションを維持している ・圧倒的ポジティブ思考になっている ・人の目を全く気にしないようになった ・生活習慣が変わった ・時間の使い方(命の使い方)に無駄がなくなった ・自分の思っている事に更に素直になれた ・自分の長所に沢山気づいた ・自分を更に好きになった ・自分を認めれるようになった

また僕自身、現在はプロコーチとして活動していて、クライアントにコーチングを提供している。コーチが10人いたら10色のコーチに分かれる。僕は今までの人生で積み重ねてきた僕らしさがある全リソースとコーチングスクールで学んできた知識や考え方、テクニックや体験を通してクライアントの人生に寄り添っている。そもそもコーチングを受けにくるクライアントは人生に対しての向上心を高く感じる。この様な方と人生を更により良くしていく過程に共にいれる事は僕にとってこの上ない幸せだと感じている。
1人でも多くのクライアントが僕と関わる事によって進化を作り、
人生を加速させていく。
この様な関わり方を今後もしていきたいと本気で思っている。
というか絶対にさせていく!

(2)筋トレ
2020年にベストボディ大会に出る事を決めて筋トレをしまくった。大会で結果を出せば、いつか身体的なパーソナルトレーナーになれると思ってジムの会員を申し込み週5でジムに通った。2ヶ月間で7キロの増量に成功。

(3)Youtube
多くの成功者の話を聞くと成功の方程式があると感じた。
成功=努力×才能×時流
ここで1番大事なポイントは【時流】だ。時代の流れに沿った事に根を張る事でチャンスが多くなる。時流の半歩手前で仕掛ける事ができたら成功する確立は非常に高くなる。僕はYouTubeに目をつけた。2020年の5Gの到来や芸能人の参入も見込まれていてYouTubeの市場は大幅に伸びる事が推測できた。テレビからYouTubeの市場に視聴者も流れ込む事でYouTubeを広告として利用していく企業や個人が多くなる。だとしたら動画編集者の価値は高騰し、企業や個人の可能性を高めるお手伝いができると確信した。

すぐにYouTubeを始めた。僕自身の食専門のインスタグラムのフォローワーが8000人近くいた為【グルメ王になります】とノリで始めた。全くチャンネル登録者は増えなかったが、早速僕のYouTubeや動画編集に興味を持ってくれた人は出てきた。

現在は副業として動画編集コンサルティングと動画編集代行を企業や個人の方と契約させていただき広告のお手伝いをさせて頂いている。

⓱あきおさんとの出会い

YouTubeであきおさんを知った。会社員をやりながら会社経営、プロコーチング、筋トレ、YouTubeと僕が目指していた人間像をそのまま確立していた。最初見た時正直衝撃が走った。毎回UPされるルーティーン動画で勇気と覚悟をもらっていた。必ずこの人と仕事する事になるだろうと本気で思っていた。何故かというと僕がやりたい事はあきおさんのやりたい事だろうなと根拠のない自信があったからだ。勝手にあきおさんとは運命的なものを感じていた。

あきおさんのコーチングイベントが東京で開催される事が決まった。イベント費は3万円だったが速攻申し込んだ。自分の存在を示したかった。イベント当日あきおさんのコーチングイベントの中でいつも通りガンガン手をあげて発言した。あきおさんや松田さんに対しても直接メッセージを残しまくった。この時自分の中で一緒にこれから働く事が決まったと勝手ながら確信した。

社会人3年目3月

⓲株式会社GOAL-Bに入社

2020年の3月3日松田さんから連絡が入り株式会社GOAL-Bの正社員として考えて欲しいと連絡が入った。

その日の内に承諾し、その日の内に今の会社に退職を伝えた。即行動した。3月15日での退職が決まり、3月16日から株式会社GOAL-Bの正社員として働く事が決まった。その次の日にはmindsetというコーチングスクールに僕の為に78万円の融資を即決で行なってくれた。感謝の気持ちしかない。大人になってから自分が心の底からのwant toに対して学べる時間はめちゃくちゃ楽しい。
自分が決めた道を信じてきて本当によかった。


GOAL-Bでは、プロコーチとしてのコーチング提供、株式会社GOAL-BのコーチングYouTubeチャンネルの運営などを行なっていく。僕が、マルチステージの人生で大切にしていきたいものが揃っている。僕のリソースをフル活用できる。【好きな事を仕事にする】を体現する事ができた。そして僕はこの会社の理念がとても大好きだ。

【人の進化をつくる】

僕の人生の目的にこれでもかってぐらい直結している。こんな幸せな環境で働ける事に大きな幸せを感じている。
改めて僕は【どこまでいっても人に尽きる】と確信している。
人生に向上心を持って更により良くしていこうとする人はとてもキラキラしてる。輝いて見える。

そんな人達の人生に寄り添い
僕も一緒になって人生を更により良くしていきたい。
シャンパンタワーの法則の様に
1番上のグラスが満たされればどんどん下に
還元され満たされていく。
一杯一杯のグラスからまた新しいシャンパンタワーが
派生していく。
そんな世界を作っていきたい。
僕は、このプレゼントされた命を使って
関わる全ての人に良い影響を与える。
僕を必要としてくれる人を絶対に裏切らない。
この世界を作っていく為に
まず目の前の人から。まず目の前の事から。
命あるのもにパワーを宿すプロコーチとして
自分の命を大切に使っていく。

〜あとがき〜

もっと自分の人生を前進させたい、もっと自分を進化させたい
自分が今後どうしていけばいいのか分からないなど
その様な事を思っていてコーチをつけてみたいと思う方は、是非そのコーチを僕に頼んでみてください!
その頼まれ事!絶対に裏切りません!!!